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偉人・賢人

日本三大作曲家 クラシックからポップス、演歌まで名曲を残した偉人達

投稿日:

こんにちは!

今回は、「作曲家」の日本三大をご紹介します。

 

クラシックからポップス、演歌まで、

数々の名曲の裏には有名な作曲家が存在します。

 

その日本三大は誰なのか、各ジャンル毎に迫ってみましたので、

ぜひ最後までお楽しみください。

では、まいりましょう!

日本三大作曲家とは?

文字通り日本が生んだ世界に誇れる作曲家三名のことを

指します。

では、その日本三大作曲家とは誰になるのでしょうか?

 

今回は、「クラシック」、「ポップス」、「歌謡曲」など、

各ジャンルごとに、歴史に残る名曲を残した作曲家、

各ジャンルの音楽史を盛り上げた作曲家は誰なのか、

探っていきたいと思います!

クラシック界の三大作曲家

クラシックのジャンルでいう三大作曲家とは誰になるのでしょうか?

現在も残る名曲を作り出した人物は誰なのか、という視点で考えてみました。

 

・滝廉太郎

・武満徹

・伊福部昭

 

【滝 廉太郎(たき れんたろう)】

滝廉太郎は、明治時代の作曲家で、

日本最初の本格的な作曲家と言われています。

 

誰もが耳にしたことのある、代表的な曲として、

「花」、「荒城の月」、また「お正月」、

「雪やこんこ」などの曲があります。

明治時代前半は、西洋の曲に無理に日本語の歌詞を当てはめた歌が多く、

そこに違和感を感じていた国民にとって、

日本の美しい四季を情景豊かに表現し、日本らしいメロディ、

リズムを奏でる滝廉太郎の曲は、

当然のごとく受け入れられ広く浸透していきました。

 

滝廉太郎は、なんと23歳という若さでこの世を去ってしまいます。

残した楽曲は34曲と多くありませんが、

ピアノ曲の「メヌエット」から、子供に愛される童謡まで、

今でも日本らしい名曲として数々の曲が残っています。

 

【武満 徹(たけみつ とおる)】

武満徹は、日本を代表する現代音楽家です。

ほぼ独学で作曲を学んだとされており、その独創的な世界観が魅力です。

 

ロシアの名高い作曲家であるストラビンスキーが来日した際に絶賛され、

その名が広まるようになりました。

 

代表的な曲は琵琶と尺八とオーケストラによる

協奏曲「ノヴェンバー・ステップス」で、

そのほかにも、勅使河原宏監督の「砂の女」、

黒澤明監督の「乱」など、映画音楽なども手がけました。

 

【伊福部 昭(いふくべ あきら)】

伊福部昭も、日本を代表するクラシック音楽の作曲家です。

 

ほぼ独学で作曲を学んだとされ、

日本らしさを追求した民族主義的な力強さが特徴の作曲家です。

 

海外で高く評価された「日本狂誌曲」、「シンフォニア・タプカーラ」、

「リトミカ・オスティナータ」などのオーケストラの曲の他に、

「ゴジラ」や「座頭市」をはじめとした数々の映画音楽の作曲も手がけ、

また音楽教育者としても幅広く活動されていました。

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ポップス、歌謡曲界の三大作曲家

ポップス、歌謡曲界での三大作曲家は誰になるでしょうか。

多くのヒット曲を残した名作曲家として以下の3名を選んでみました。

 

・吉田正

・服部良一

・中村八大

 

【吉田 正(よしだ ただし)】

吉田正は、歌謡曲界を代表する作曲家の一人です。

フランク永井、橋幸夫さんなど数多くの歌手を育て上げました。

 

「有楽町で逢いましょう」、「いつでも夢を」など、

多くのヒット曲を出し、2,000曲以上の作品を残しました。

 

日本作曲家協会会長、日本音楽著作権協会会長を務め、

没後には国民栄誉賞を受賞しています。

 

【服部 良一(はっとり りょういち)】

服部良一は、歌謡曲、ポップス史における重要な作曲家の一人です。

大ヒットした淡谷のり子さんの「別れのブルース」を始め、

ブルース、青春歌謡など、日本ポップスの草分け的存在として

3,000曲以上の作品を残しました。

 

「東京ブギウギ」は、最近でもCMでカバーされて使われるほど、

現在でも多くの曲が歌い継がれています。

没後に、国民栄誉賞が贈られました。

 

【中村 八大(なかむら はちだい)】

中村八大は、1950年代末から1960年代にかけて

数々のヒット曲を残した作曲家です。

 

坂本九さんの「上を向いて歩こう」、「明日があるさ」や

万博のテーマ曲となった「世界の国からこんにちは」など、

みんなが歌えるようなポップな歌が人気の作曲家です。

 

北島三郎さんの「帰ろかな」や、「笑点」のテーマソングなどまで手がけ、

幅広く活躍されていました。

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演歌界の三大作曲家

演歌界での三大作曲家は誰になるでしょうか。

演歌界へ多大な影響を及ぼしたとされる以下の3名が、

三大作曲家だと思われます。

 

・船村徹

・古賀政男

・遠藤実

 

【船村 徹(ふなむら とおる)】

船村徹は、特に演歌界における大御所の作曲家で、

日本音楽著作権協会(JASRAC)の名誉会長や、

日本作曲家協会最高顧問および横綱審議委員会委員でもあった方です。

 

約4,500曲以上の曲を手がけ、歌謡曲の作曲家として初めて

文化勲章を受章されました。

北島三郎、鳥羽一郎、五木ひろし、細川たかし、美空ひばりなど、

著名歌手の作曲を手がけ、数々の名曲を残しています。

 

【古賀 政男(こが まさお)】

古賀政男は、昭和期を代表する作曲家です。

日本作曲家協会初代会長であり、日本レコード大賞を制定した方でもあります。

 

1964年東京オリンピックのテーマソングだった三波春夫さんの「東京五輪音頭」や、

美空ひばりや小林幸子、五木ひろしなど、歌謡曲から演歌まで幅広く、

独自の曲調は「古賀メロディー」と呼ばれ、5,000曲ほどの作品を生み出しました。

没後に、国民栄誉賞も受賞しています。

 

【遠藤 実(えんどう みのる)】

遠藤実さんは、戦後の歌謡曲界を代表する作曲家です。

流しの演歌師をしながら独学で作曲を学び、

森昌子さんの「せんせい」、山本リンダさんの「こまっちゃうナ」などの歌謡曲から、

千昌夫さんの「北国の春」などの演歌まで、5,000曲以上の作品を残しています。

 

日本音楽作家協会を設立、会長に就任、また、日本作曲家協会の会長も務めました。

没後、国民栄誉賞を受賞しています。

まとめ

いかがでしたか。

今も耳にすることのある曲が多く登場しました。

激動の歴史の中で、人々の心の支えとなった名曲は、

現代の人が聞いても心に沁みるものがありますよね。

紹介した曲は一部なので、他の名曲もぜひ遡って聞いてみてくださいね。

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